【語り手】
- 望月倫彦(文学フリマ事務局代表)
- 秋山真琴(文学フリマガイドブック編集長)
2015年11月、新たに生まれ変わる『文フリガイド』こと『文学フリマガイドブック』。
同誌編集長を務める秋山真琴氏と、文学フリマ事務局代表・望月倫彦が、文フリガイドについて徹底対談!
『文フリガイド』とはそもそも何? 事務局との関係は? そして今後の展望は——。
知られざる『文フリガイド』そして文学フリマの実情を徹底的に語り明かす。
【文学フリマガイドブックとは?】
文学フリマガイドブックとは、文学フリマガイドブック編集委員会によって発行される、価値ある同人誌を紹介する、いわばレビュー集です。
幅広い同人誌を紹介し、文学フリマを訪れた一般来場者向けに、文学フリマの歩き方を提案します。
また、出店者に対し、販売促進の支援を行うと同時に、文学フリマの活性化を促します。
詳しくは公式ページ内「文学フリマガイドブック」のページをご覧ください。
★なお、同誌の最新第8号は2015年11月9日より、事前販売が行われています。
事前購入をご希望の方は、架空ストア様及びCOMIC ZIN様よりご購入いただけます(クリックで通販ページへ)。
当日購入をご希望の方は、11月23日(月)第二十一回文学フリマ東京の、1Fロビー事務局ブース及び、文学フリマガイドブック編集委員会のブース(D-03,04)にお買い求めいただけます。
その他、最新情報については公式ブログ文フリガイド編集委員会通信をご覧ください。
対談:望月倫彦・秋山真琴
前置き
望月:流れとしては、まず文学フリマガイドブックと文学フリマ事務局との関係値や、ガイドブックの立ち位置が微妙なのでハッキリさせておきたい。それと、出店者へのガイドの認知度を上げたいんですよね。
もちろんガイドブックとしては一般来場者のみなさまに手にとっていただきたいわけですが、まだそれ以前の段階というか、出店者の間でも認知度が低いと思っています。せっかく出店者のために作ってるんだから、みんなにもっと活用してもらいたいなと、純粋に思うんです。号を重ねてきたわけですが、そろそろ出店者に認知されていない段階、もっと出店者に知ってもらう段階というのをクリアして、次のステップに進みたい。そんなことを事務局の会合で話していました。今回、秋山さんに編集が交代したわけだし、一度ふたりで対談をして、文フリガイドを出店者に知ってもらう機会を作りたいなと思ったのが、この企画のきっかけです。
文学フリマガイドブックの立ち上げ
望月:最初の『文学フリマ非公式ガイドブック 小説ガイド』(※注)を佐藤さんが始めた頃は文学フリマの参加者さんからは「そんな本を作ること自体どうなんだ?」という声もあがっていました。ゼロアカ(※注)の流れもあると思うんですが、僕から見るに、佐藤さんには反骨精神的なものもあったと思うんですよね。『これからの文学フリマの話をしよう』(文学フリマ10周年記念文集)(※注)に、小説の話題がほとんど出てこないことに反応して、佐藤さんが「それなら自分たちでそういう話題を作ろう」と、ガイドブックを立ち上げたという経緯がある。文学フリマ10周年記念文集は、文学フリマ大阪も生んだし、ガイドブックも生んだ、と。そして、今は「文学フリマ百都市構想」まで生んでいる、と(笑)
ガイドブックについては立ち上げがそういう経緯だったので、僕としてはその本の行く末を心配していた、というか、注視していたわけです。でも、最初はあまり事務局から絡もうとは思わなかったんです。というのも『どうせ2号くらいで終わるんじゃないか』と思っていたからなんですね(笑)
秋山:なるほど。
望月:なので、ちょっと距離を置いて静観していたんですが……なんだかんだで、号を重ねていったので「一つの流れをなしてきたな」と思ったわけなんです。文学フリマ事務局とは関わらずに自分たちで立ち上げて、それを4号、5号と続けていったのは本当にすごいことです。
ただ、その立ち上げ方はあんまり良くなかったと個人的には思ってました(笑)。「評論の連中には頼らないぞ」っていう敵対心みたいなものを、佐藤さんが露わにしすぎていて、明らかに『敵を作る』感じで生み出されたんですよね。立ち上げ時点で軽く炎上した面がありました。「いち参加者が作る本なのに文学フリマの名前を冠するのはどうなんだ」みたいな声があって、売り言葉に買い言葉みたいなかんじで「文学フリマ“非公式”ガイドブック」って名前をつけちゃった。その時点で、ちょっともったいなかったなと思ってます。
その立ち上げ当時って、秋山さんは関わっているんでしたっけ?
秋山:いえ、第2号(第2版)からですね。第1号はほとんど佐藤さんが書いて、相当大変だったみたいですけど。
望月:誰も、火中の栗は拾いたくないでしょうからね(笑)
でも、第1号が出れば「そういうものなんだ」っていう見本ができるから、入り口ができる。第1号さえできちゃえば「この本の第2号を作るんですけど…」と名刺がわりになって、他の人も誘いやすくなる。有言実行で、本当に第1号を出したというのが、次に繋がった。では、秋山さんは、どういうきっかけで参加し始めたんですか?
秋山:私は、第1号を佐藤さんのブースで買って「私も次号から推薦文を書きますよ」と声をかけました。それが、いつの間にかここまで来てしまいました。
望月:佐藤さんは第3号まで編集したんですよね。で、第4号、第5号は高村暦さん、第6号、第7号は想詩拓さんが編集。そして、第8号から秋山さんに編集が移った、と。
秋山:はい、それまでは推薦者や評定者、責任編集者でしたが、第8号からは、編集長です。と言っても、他にやるひとがいなかったので、落ちそうになっていたバトンを拾った、というイメージですけれど(笑)
望月:(笑)。でも、だいたいの物事って、そうやって続いていくんですよ。続くべきものは、そうやって続いていくんです。
だから、高村さんが第5号までやって「次の最高責任編集者を公募します」って言ったときに、第1号以来初めて、事務局側からコミットしたんですよね。第5号まで続いたのは立派だし、それを無くすのは惜しい。ただ、続けていくことが大変だとは分かるので、事務局の方もサポートしていきましょうか、と。事務局としては「美味しいところを貰おう」という気持ちが半分と、「タオルを投げた」(棄権させた)というのが半分、という感じでしたね(笑)。
「脱・非公式」の時代へ
望月:その高村氏→想氏への交代と事務局サポートの開始を機に「『非公式』はやめませんか」って言ったんです。
さきほど触れたように僕自身は、初めから「非公式」っていう言葉を使っていることに疑問があったんですよ。「非公式」っていう言葉自体、ネガティブさとか、イリーガルさがありますから。
それに、事務局としては「『非公式』って付いてるから大丈夫でしょ」って言われるのは、むしろ迷惑なんですよね。何かあったときに「いやいや『非公式』って付いてるから、何やってもいいでしょ」とか言われて、責任逃れされたら、たまったもんじゃない。「非公式」という言葉を、免罪符みたいに使われるほうが迷惑なんですよ。
そして第1号はまさに「非公式ってついてるからいいでしょ」っていう文脈で「非公式」の言葉を使っていた。その意味でも「文学フリマ非公式ガイドブック」って名前をつけてしまったこと自体、上手くないな、ヘタクソだなと思っていたんです。
秋山:言われてみれば納得ですね。外からでは、まるで「事務局が公認していない出店者が、文学フリマの中にある」という、いびつな見方も出来てしまいますしね。
望月:そう、いろんな解釈ができちゃう。それで、その色々ある解釈って、絶対にネガティブな解釈になっちゃうんですよね。
秋山:どこかしらに闇がありそうな。
望月:そうそう。だから、その時点で「どうかな」と思っていて。
ガイドを作ること自体に文句言った人もおかしいし、その文句を真に受けちゃったのもおかしいと思う。旅行ガイドだって『アメリカの歩き方』はアメリカ政府が公認しないと出せないのか、という話ですよ。『ミシュランガイド』だって、お店は権利をもっている「写真」の掲載しか拒否できない。載ることそのものは拒否できないですから。
そもそも、世に出ている本は、世に出した以上は、他人から論評されることは拒否できない、と、僕は思っています。だから、立ち上げ当時に紛糾した「載せられたくない(自作を論じられたくない)人だっているじゃないか」なんて議論は、それ自体がナンセンスだ、と僕は思っていたんです。
で、それに対して「『非公式』ってつければ大丈夫でしょ」っていうのもナンセンスですよ(笑)
だからこそ「『公式』ともつけないでくれ、普通にただのガイドブックにしてくれ」と言ったんです。これは「公式化」じゃない。非公式っていうおかしな立場を「正常化」したんだ、と。
秋山:そう言えば、佐藤さんは『ミシュランガイド』を参考に作ったとおっしゃっていましたね。実際に、判型やデザインも踏襲していますし。
望月:わざわざ、この判型(新書判)にする必要、ないですからね。『ポケット・ミステリ』的な。
秋山:そうですね、確かに『ポケ・ミス』ですね。
望月:ビニールかぶってないけど(笑)
秋山:(笑)
望月:まあ、そういう歴史あり、っていうところなんですよね。
秋山編集長へのバトンタッチ
望月:ところで、秋山さん自身は、どういう流れで編集長をやることになったんですか?
秋山:はい、前任の想さんは責任感のある方で、ひとりで負うところが多かったのですが、望月さんも感じられている通り、文フリガイドは良い意味でも悪い意味でも注目されている本となります。プレッシャも多く感じられていただろうと思います。
想さんの元で、第6号と第7号が発行されましたが、継続しての活動は難しいだろうなというのを肌で感じまして、秋山から想さんにお電話を差し上げて、交代を打診しました。
望月:(笑)そのあたりは、誰も知らないことですよね。
秋山:ああ、そうですね、確かにきちんと表明はしていませんでしたね。先ほども言いましたけれど、私の認識では落ちそうになっていたバトンを拾い上げた、くらいのイメージですので、積極的にやりたいという強い意志があって就任したわけではありません。誰かがこの役割をまっとうする必要があって、たまたま、その順番が私に回ってきたのでしょう。
望月:なるほど(笑)
第8号「3本の柱」
秋山:とは言え、こういった背景事情や私の意志は、読者や周りの方々にとっては瑣末な事柄だと考えています。ですので、私のやる気とは関係なく「やるからにはやらなければならない」という考えのもとに真面目に編集長を務めています。
少し長くなりますが、最初はアンケートをとって、コンセプトを決めるところから始めました。アンケートは約50名の方から回答をいただきました。アンケートの回答結果から、何をやっていくべきか、ポイントが絞られ、自然とコンセプトを決めることができました。
1つ目は、ガイドブックを読むひとのことです。つまり「読んで役に立つガイドにする」ということ。
2つ目は、掲載されるひとのことです。これは「載せられて嬉しいガイドにする」ということ。
最後は、自由回答欄にネガティブな指摘ばかりがあったので「関わって心地の良いガイドにする」ですね。
望月:いわば、それまでのネガティブな歴史を引きずっているということですね。
秋山:多くの方が関与する企画ですので、ネガティブな意見があるのは不自然なことではないように思いますが、それにしても多すぎると感じました。これは、ここで断ち切りたいと考えています。
その1「読者のためのガイドブック」
望月:3つの柱の1本目である「読者のため」っていうのは、具体的にどんなものなんでしょうか?
秋山:私が考えるに、レビューをしているだけではガイドブックたりえないと感じています。ただのガイドブックではなく、文学フリマガイドブックを銘打っている以上は、そもそも文学フリマがどういうイベントで、それがどのように楽しめるイベントであるかも含めてガイド、つまり導く必要があると考えています。今回、冒頭に「文学フリマの歩き方」というコラムを掲載予定ですが、これは文学フリマに来たことのない方に向けて、その楽しみ方をレクチャするような面があります。
中身をざっくり説明すると「5000円持って、文学フリマに来て、本を買ってください」というメッセージを発信しています。文フリガイドが謳っている「文学フリマの活性化を促す」にも通じますが、一般の方が来場して、本を買って、読んで、面白かったら次も来場してくれて、そしてまた本を買ってもらう。このサイクルを作りたいです。そして、このサイクルがどれだけ多くあるかが、文学フリマが、文学フリマとしてあり続けるための根底の部分になると思います。
望月:さすがです(笑)。いや、実はこれまでのガイドブックに感じていた問題点はそこで、ちょっと自己満足感が強かったんですよね。文学フリマに「初めて来た人」のための作りにはなっていなかった。その視点が足りなかったと思います。
秋山:出店者の「相互扶助関係」みたいなところがありましたよね。出店者間で経済が回っている、みたいな。
望月:相互扶助的な側面はあっていいと思うんですが、ガイドとしてはやはり一般来場者とか初心者向けという部分を打ち出すのがあるべき姿ですよね。フローチャートなんて、まさにその具現化ですね。SFなのか、詩歌なのか、エッセイなのかとか。そこをまずは教えて欲しい、と思うんですよね。「自分に合う本があるかな」というところが知りたいわけですよね。
秋山:フローチャートにするか、マップにするかは、まだ迷っているのですが、舞台が日本なのか世界なのか、青春モノなのか、恋愛モノなのか。そういったキーワードは入れる予定です。あとは価格です。5000円を持って来てくださいと言うからには、本の価格は外せない情報です。
望月:この前の東京の会合では、まさに「こういう作家が好きな人にはこの本がいい」とか「こういう傾向の人はこの本がいい」みたいな提示があったほうがいい、という意見がありました。
このフローチャートは、まさにその延長線上にあるものだと思います。
秋山:青春や恋愛といったキーワードの他に、全作に私が「編集者コメント」を付しています。このコメントは、テンプレートを決めていて、まず、その本の説明から入っています。そして、誰にオススメかを書いています。たとえば「この本はエッセイです。このエッセイは、アイドルが好きな方に向いています」とか、そんな感じです。同じ傾向の作品に対しては、表現を微妙に変えるのに苦心しました(笑)
望月:全部の本を、コメントする人に回すの、けっこう大変だったんじゃないですか?
秋山:編集者コメントは私の他は、笠原さんと泉さんだけですので、計3人ですね。推薦者から届いた推薦作を、ダンボール箱に詰めて、笠原さんと泉さんとに送って、その後、お2人の間で交換して貰って、また私に返してもらうという手順を踏みました。
望月:ぎゅっと絞った形ですね。
秋山:評定員制度を導入し「関係者を増やす」という高村さんの手法は、知名度の向上には寄与しましたが、本の回覧は手間が多かったです。
今回、イメージしたのはファミ通の「クロスレビュー」です。同じひとが全部の本に対してコメントしているので、統一した基準で持って編集者コメントが付せたように思います。
望月:その点は、レビューがもっている性質の一つですよね。匿名のレビューか記名のレビューか、複数人のレビューか1人のレビューか、それぞれに違いがあるわけです。
たとえば、物議をかもした福田和也の『作家の値打ち』という本では、それぞれの本に点数をつけてレビューしてましたけど、それは福田さんが1人で全部やったからこそ意味があること。「どうしてこの本は91点で、この本は90点なのか?」っていう疑問に対して「それはすべて私一人の評価軸で決めたことだ」って、少なくとも判断基準がひとつであることは明確に示せる。レビューとしては、点数をつけるっていうのはちょっと反則技なんだけど、1人でやるから許されているところがあって。レビューする人が絞られているってことは、てんでばらばらにやるよりは指標が定まりやすくて「読み物として読みやすい」っていうところはあるでしょうね。
秋山:その通りですね。私自身は先ほど言ったように、客観的な事実を記載することを心がけましたが、笠原さんと泉さんには、ご自身の感性を活かして書いてくださいとお願いしました。
望月:そういえば、今回は、どういう基準で残りの編集者さんを選んだんですか?
秋山:いえ、選んでいません。公募です。やりたい、と言ってくださったのでお願いしました。ところで、今回は推薦者も含めて女性率が高いですね。関与している方の7割近くが女性です。文学フリマの参加者自体も女性の方が多いのでしょうか。
望月:数値的には出していません。ただ、見ている限りでは、文学フリマ自体、あんまり「男女比が偏ってる」って感じはないですね。なんとなく「1階(小説系)に女性が多くて、2階(評論系)に男性が多い」っていう印象はありますけど。でも、全体としては、半々くらいだ、という感じがしますね。
その2「出店者のためのガイドブック」
望月:さて、次は2本目の「出店者のため」っていう部分ですが。さっきも言ったとおり、僕としては「ガイドに載ることに否定的」というのは「変だ」と思っているんですが、そのあたり、どういう距離感でやっているんでしょうか。
秋山:距離感としては、営業的な意味においては、寄り添うレベルです。シンプルに表現すると「ガイドに載ったら、売上が上がった」これを実現したいです。
望月:なるほど。わかりやすい(笑)まさにWIN-WINですね。
秋山:ただ、この考え方ですと「人知れず活動したい」という考えの方には、疎まれるように思います。ただ、この場合は「あなたの作品が推薦されました」とお伝えした時点で、辞退いただけるのではと思います。
望月:今回、掲載を辞退した人はいるんですか?
秋山:いませんね。
望月:やっぱり、そうでしょうね(笑)。以前の編集長に同じ質問をしたことがあるんですが、今までも一人もいないそうです。文学フリマガイドブック立ち上げ当初に「載せられるのを嫌がる人もいるはずだ」なんて議論もあったわけですが、それは「ほとんど存在しない問題について議論していたにすぎない」ということですよ。実際、いないんですから。
秋山:今回は他薦の他に「自薦」も受け付けました。自薦かどうかは明記していませんが、発行者と推薦者を見ていただければ、すぐに分かってしまいます。とはいえ、それは、買って本を読んでくださった方だけが分かるような仕組みになっています。
望月:50作品集めるという目標に対して、それくらいの数の自薦があるというのは、妥当な数でしょうね。
秋山:そうでしょう。個人的には、この「自薦」がどれくらい来るかは、まったく読めませんでした。二十も三十もあるのか、それとも一作もないのか。
望月:今回、掲載しなかった作品もあるわけですよね。その基準はなんだったんですか?
秋山:今回は事前に、カテゴリごとに掲載する作品数を決めていました。従って、そこから溢れていった分を優先的に削っていきました。ですので、いちばん削ったのは小説です。詩歌はすべて掲載とし、評論は一作だけ落としたよう記憶しています。基準は、これと言ったものはなく、敢えて言うと、バランスでしょうか。
望月:それって、結果的に読者のことも考えているわけでしょう。ガイドを参考にして買い物をする上で、カテゴリごとにバランスよく掲載されているのは大切です。それが結果として「本が売れる」ということにも繋がっていくと思います。
その3「関わって気持ちのいいガイドブックにする」
望月:さて、最後の柱の方はどうなんでしょう。アンケート結果を受けての、クリーン化というか、僕の言い方では「正常化」ということですが。
そもそも「何が不健全だったのか?」っていうことですよね。
秋山:不健全という意味では「事務局とベッタリしすぎ」という意見があって驚きました。どこがベッタリなのかと。
望月:むしろ、全然くっついてない。もっと連携取らないといけないと感じているから、こうやって対談まで企画してるくらいで(笑)
秋山:その他には「連絡が途絶えがちなのはいかがなものか」ですとか「挑戦的な言葉遣いはいかがなものか」などでしょうか。
望月:それは、炎上商法を狙っていた頃の「負の遺産」みたいなものでしょうね。
秋山:そうですね。とは言え、私自身が編集長である内は、もう炎上マーケティングに手を染めることはないので、次号から、この柱は外すかもしれません。ただ、意識の片隅には置き続けることでしょう。
ところで、私が目指しているガイドは「8割の方が納得するガイド」です。分かりやすい表現をすると、5段階評価で、8割の方が「とても良い」か「良い」に丸をつけてくれるようなガイド。この8割というのは、現実的に狙える数字ではないでしょうか。と言うのも、どんなガイドを作っても、不満の声は必ず上がるものだと考えています。この「納得しない2割の方」は、どう足掻いてもいなくならないと思います。私が編集長になった当初は、体感では「良い」以上の方は5割で、残りの5割は「普通」か「悪い」でした。これが、今では7割以上が「良い」に丸をつけてくれそうな気がしています。なので、今のスタイルは間違ってないだろうなと思っています。
そう言えば、文学フリマ大阪で衝撃的なハプニングがありました。ある方が雲上回廊(秋山の個人サークル)のブースまでお越しになられて「非公式時代の失態の責任はどう取るつもりなんですか?」と問われたのです。どう取るつもりか、と言われましても、改善を心掛けているとしか答えようがなく、困りました。
望月:一体、いつの、何についての失態なのか、って話ですよね(笑)。しかも「非公式時代の失態=秋山さんの失態」じゃないでしょう。
秋山:そうですね。編集委員会全体の失態ならば、当然、取り組まなければならない問題ですが、ある個人に起因する失態となると、私にはどうすることもできません。思うに、こういった方は、結局のところ、誰が、どのように、何をやったとしても出てくるのではないかと。
望月:逆に、そういう意見が秋山さんに言われるのは「ガイドを引き継いだから」っていう話ですよね。でも実はそれって「号を重ねている凄さ」でもあるんですよね。シリーズものの小説でも、ここまで冊数を重ねるのは大変でしょう。ここまで続いてきたのは、やっぱり凄いことなわけです。
『ガイドブック』と事務局の関係
秋山:対談にかこつけて、打ち合わせさせてください。文フリ東京以外の開催でも、文フリガイドを事務局ブースで売らせて貰えませんか?
望月:ついで、という形でよければ、可能でしょうね。
秋山:ポスターもいかがでしょう。
望月:貼りましょう。
秋山:ありがとうございます。
だいぶ話をしましたが、そう言えば「知名度を上げる」については未着手でしたね。
望月:出店者に対しては、「関係値の問題」がもう少しはっきりすれば動きやすくなるんですよね。
編集が独立していることとか、事務局は編集に介入しないとか。大枠のコンセプトとして「小説ガイド」は外す、とか「非公式」は外す、とかはお願いしてるけど、ガイドブックに載っていることはべつに「公式見解」ではない。「公式」ガイドではないし。
ただ、宣伝とか、情報提供とか、カタログにページを設けるとかには力を貸しますよ、っていうくらいの立ち位置ですよね。大枠の意識は共有しつつ、各論は違うというような関係性です。文句を言う人もいますけど、べつに、ガイドの中で掲載してる本に対してネガティブな表現があってもいいとは思うんです。そりゃあ、「ネガティブな意見しか載っていない」だったらそもそもガイドに載せる必要がないのでよくないと思うんですが、その辺のバランス感覚は、編集でとってもらえばいい。
秋山:今回のガイドにおける作品紹介は、すべて「推薦」ですので、ネガティブな表現は一切採用していません。尤も、ネガティブな表現自体が推薦になる場合は別です。……と言ってみましたが、どういうケースならば、ネガティブな表現が推薦になるかは想像できないですね。ネガティブを排した理由は単純です、「載せてくれてありがとう」そう言われるガイドにしたいからです。
望月:そのあたりの意識は事務局とも共有していると思います。
秋山:ガイドブックとしても、今の公募制を続けている限り、推薦者が推薦してくれなければ載せられないので、やっぱり「載せてくれてありがとう」は大事にしたい考え方です。
望月:その距離感が大事だと思うんですよね。まあ、落丁とか大量の誤字に対しては、ちょっとした指摘があってもいいとは思うけど、否定的な表現だけ載せても仕方ないと思いますね。そのあたりは、ガイドの負の歴史みたいなものがあって……。
秋山:ところで、ガイドブックと事務局の関係性において、あまり深く関与すると「特定の出店者に事務局が肩入れしているのではないか」と思われかねない、という指摘があったそうですね。
これは、文学フリマの秋葉原時代にあった抽選のことを指しているのでしょうか。抽選の基準に事務局と特定の出店者との親密度が関わっているのではないかという、疑いのようなものというか。
望月:その意味では、今の文学フリマに基本的に「抽選がない」っていうのは、こういうガイドブックにとっては大事なことですよね。「あの出店者はガイドに載ってるから落選しないんだろう」と言われるのも、「ガイドに載せてるのに落選」というのも、どっちにしてもまずい。だから抽選がないことで、余計な問題が起きなくて済みますね。
秋山:そうですね。ただ、仮に抽選が発生したとしても、文フリガイドのブースでは掲載作の委託を請け負っているので、そこを受け止めることはできます。
望月:ある意味の「セーフティ・ネット」として、ガイドブックのブースでの委託が機能していく、っていう部分は大きいですね。抽選がなくても、遠方の人や仕事の都合で参加できない人は、どうしてもいますから。
東京開催は、事務局としての委託をやっていないし、今後もやる予定はないです。委託って、何十という作品を「ただ並べただけ」では、なかなか売れない。でも、ガイドブックっていう指標があると、委託の意味がちゃんと出てくる。文脈がない「単なる委託」だとなかなか売れないけど、「ガイドブック」という文脈があれば、委託でも売れる可能性はありますね。
秋山:過去にもガイドブックのブースに委託された作品が完売した事例はありますし、「文フリガイドに委託したら完売した」っていうことがあれば、イメージアップになりますよね。
「本を作る」ことへの意識
秋山:コンセプトからは外れますが、細かい変更点として、役職名を「編集長」と「副編集長」に変更したり、組版を私自身が行ったり、判型をA5判にしたり、などがあります。
望月:あの「最高責任編集者」とかっていう大仰な役職名は僕も気になっていました。僕自身、文学フリマの取材を受けた時に「事務局長」って書かれていたら、必ず「事務局代表」に修正しています。「事務局長」って、なんだか国連とか労働組合みたいな響きがあるし(笑)。
でも、そういう「細部」に神経が通っているかどうかっていうのは、けっこう大事です。これまであの長い役職名を変更しなかったことは、ちょっとセンスがなかったかな、と思いますね。
秋山:「角が立たないようにする」ですとか、物事を穏便に進めようとさせる調整力は、その必要性を感じるひとだけのものだと思います。そういった意味では、非公式時代の文フリガイドにおいては、その意識が薄かったように思います。と言うより、後に佐藤さんや高村さんから話を聞いたのですが、お二人とも拡販という目的のために炎上という手法を意識されていたとのことです。炎上マーケティングは、瞬発力のある商法だとは思いますが、長続きはしません。
これは語弊があるかもしれませんが、どんな企画であっても、1回限りであれば、誰でも出来ることだと思います。でも、長続きさせようと思うと、違う考え方が求められます。炎上という手段では、長続きはしないでしょう。
望月:まあ、本を作るのって大変ですよね(笑)。事務局で10周年記念文集を作ったときも、大変だったから。
秋山:(テーブル上の文集を取り上げながら)改めて見ると、良い本ですね。判型がA5判ですから、今度のガイドは同じような形になると思います。
中身の話になりますが、今回のガイドは余白が少なくて、文字量が多くなります。今までは文学フリマの会場が「初売り」でしたが、おそらく、買ってその場で読み切るには不可能な分量なので、架空ストアさんやCOMIC ZINさんの助けを借りて、事前に入手できる体制を整える予定です。(注・2015年11月9日、両店にて事前販売が開始されている)
望月:COMIC ZINさんは、かなり文学フリマを後押ししていただいてますね。毎回、ブースを回ってくださっているし。
秋山:事前販売自体は、第6号のときから計画としてはありました。しかし、大勢が関わる編集において、スケジュールを守るというのは、かなり長い期間にわたって緊張と集中を強いられ、今までは実現できませんでした。今回は運にも味方され、実現できそうで何よりです。これも改善点のひとつでしょうか。なんとか文学フリマ開催の2週間前には発行できそうです。
ガイド掲載→文学フリマ参加も
秋山:今回は公式カタログにもページを割いていただけるとのことで、ありがとうございます。
今のところ「文フリガイド出張版」と称して、掲載される作品と併せて、配置番号を掲載することを考えています。
望月:その手の連携も、これまではあんまりできなかったので、これからは積極的にやっていきたいですね。
秋山:販売場所に関しても、事務局の受付近くを利用させていただけることで、改めてありがとうございます。ガイドブックとしてブースを取ってもいますが、あちらはバックナンバーの販売の他、高村さん時代から続いている「出店しないけど、ガイドに掲載されている本」の販売を行う予定です。
望月:その事実上の委託コーナーになるというのも、大事な機能のひとつですね。
秋山:そう言えば、グッドエピソードを紹介させてください。
今回、推薦された作家さんに、早期から連絡を取ったのですが「次回は出ない予定でしたが、ガイドに載るなら出店します」という方が4、5名はいらっしゃったように記憶しています。
望月:それもまた、非常に重要な効果ですね。ガイドブックの活動が、文学フリマというイベント自体にもちゃんと還元されていくというのはありがたいことです。
文学フリマで「売ることができる冊数」
秋山:ガイドブック自体の知名度と売上向上に関しても考えています。通算第8号に関しては、300部刷る予定です。これまで売れてきた部数としては、高村さん時代が最も多く、そこをピークに右肩下がり、という状況です。売上のV字回復を成し遂げたいと考えています。具体的には200部です。関係者献本分と、書店委託分を除いて、200部の持ち込みを考えていますが、これの完売を実現したいところです。
望月:僕としては「もうちょっと売れてもいいんじゃない!?」って感じですけど(笑)
秋山:一時期、評論系の出店者では1日300部という数字があったらしいので、そこまでは行けるかもしれません。
望月:僕自身は、立場上、出店者から生々しい数字まではあまり聞いたことはありませんけど(笑)まあ、300は不可能な数字というわけではないでしょう。
例えば、ゼロアカは、ちょっと比較にはならないかもしれないけど、1日に500部出している。だから物理的・時間的に500は捌ける数字でしょうね。
秋山:なるほど。11時開会から17時の閉会まで6時間。40秒に1冊のペースなので、不可能ではないかもしれません。後は知名度と、買ってくださる方の母数でしょう。
「関係者を増やす」→「買う人を増やす」へ
望月:そもそもガイドブックに需要があるかないかで言ったら、「ある」んですよね。たとえばCOMITIAさんにはプッシュ&レビューがあるわけで、それが一定の価値をもっている。だから文学フリマでもそういうのがあっておかしくないし、むしろ無いほうが不自然なんですよ。
昔は『この文章系同人がすごい』とか「テキスト・ジョッキー」もあったけれど、どちらも、いつの間にか終わってしまった。
秋山:「テキスト・ジョッキー」は、書いている人が感想を書く場所から離れていってしまったんですよね。
望月:『この文章系同人がすごい』は2号で終わってしまって、企画者が燃え尽きて終わってしまったんだと思います。だから、うまく「続ける」方法っていうのが大事なんですよね。理想形で言えば「みんなで分担する」のがいいんでしょうけど、実際には、どこかの部分は完全に担う人がいないといけない。
たとえばテキストを書くのは複数人で分担できるけれど、取りまとめて編集する人は絞らなきゃいけない。だから、そのあたりをピシッと締めて、ほかはなるべく分担する、というのがいいんでしょうね。そのほか、著者への声がけとかは分担できるのかなと思いますが……
秋山:分かります。覚悟を維持するのは、極めて高い難易度を誇るので、適度な分担は心がけるべきことだと思います。とは言え、実は「著者への声がけ」は分担せずに、今回は、すべて私が対応しました。本来、ここはもっとも時間的コストが掛かり、それ故に心情的に分担したくなってしまうところなのですが、逆に、このコストが掛かるところに、自分自身を投入しました。
最初の方に、コンセプトをご説明したかと思うのですが、関与して心地よいガイドを作る上で、やはり関係者と触れるところが、最も意識しなければならない箇所だと考えています。些細な言葉であってもきちんと使い分けたり、迅速性を意識して即断即決したり。そう言った意味では、出店者に対する支援にも繋がるかもしれませんね。私自身が、各推薦者や各出店者さんの専任の担当となり、進捗を把握し、なるべく丁寧に対応するよう心がけました。
その一方で、分担したのは推薦文を書いてもらうことですね。この部分は、せっかく多くの方が関与できるようにしたので、掲載される推薦作にも幅広さが生まれるように、バランスを意識して掲載作を決めました。たとえば、今回は小説だけでなく詩歌や評論はもちろん、ゲームブックや漫画のようなものも含んでいます。そう言えば、このゲームブックに関してはコミティアさんのプッシュ&レビューと被ってしまいました。以前には、青波零也さんの『音律歴程』も被ったことがありますね。
望月:まあ、目を惹くものはどこにあっても目を惹くわけで、ピックアップするものがカブる、っていうのは当然起こりうることでしょう。
だから、カブるのは、むしろ「いいこと」なんじゃないかな、と思いますけどね。
秋山:そうですね。向こう(プッシュ&レビュー)の審美眼と、こっち(文フリガイド)の審美眼が一致するっていうことですから。
望月:そもそも、あちらの編集部とこちらの編集部にはまったく繋がりはないですから、作品がカブったのは、偶然です。ああ、 これは強調しておきましょう(笑)。変な内輪のつながりで両方に載ったなんてことはないですからね。
秋山:そこまで勘繰る方はいないと思いますが……掲載作の決定方法に関しては、高村さん時代の方式を踏襲しました。佐藤さんのときは、編集者全員が集まって話し合い、高村さんのときは責任編集者以上の三名が話し合い、想さんのときは責任編集者以上が個々に決めていました。高村さんの方式が、実践的でありながら、多くを取りこぼすことのない手法だと思います。
望月:裾野を広げた、ってことですね。関係者が増えると、必然的に「知っている人」が増える、という効果もある。献本もあるから「ガイドブックを持っている人」が増えるってことでもある。だから、次のフェーズは、献本ではない形でガイドを持っている人を増やす、ってことになるでしょうね。献本するレベルの関係者が増えるだけだと、今度は献本ばかり増えて、売り上げにつながらないから。そうではなくて、「買ってくれる」層を増やすフェーズに移行したところでしょうね。
「文学フリマ百都市構想」と『文学フリマガイドブック』
望月:さきほど、東京で出したガイドの不満が大阪であえて遠征している時に出された、というエピソードがありましたが……
それは別として、今後の展望として、東京だけじゃなくて、大阪とか福岡とかでもガイドを販売していくとき、どうなっていくのかな、っていうことも考えていて。というのも、各地の文学フリマの盛り上がりを、別の地域にも伝えていく、というのが、そろそろ必要な気がしているんです。
文学フリマ事務局が百都市構想を発表してから、ちょうど1年くらい経つわけですが、この先の1、2年は、東京の出店者数は減る可能性があると見込んでいるんです。大阪も、減るか横ばいになると思うんです。全国各地に文学フリマが増えれば、その影響を受けて出店者が減るのは東京と大阪です。でも、それを乗り越えてもう1、2年くらいすると、今度は増えてくると思うんです。福岡や北海道や盛岡でやって、と繰り返していくと、ある段階から、地元で文学フリマを経験した人たちが「年に1回くらいは東京に行ってみようか」「大阪に行ってみようか」みたいな感じになってくるんじゃないかな、と。そして逆に、東京や大阪だけに参加していた人が、別の地域に出ていくという形も出てくると思う。そんな風に、各地域で出店者が還流していくようになるんじゃないかと期待しているんです。
そこで、まさに『ガイドブック』が大きな役割を果たすのかな、と思うんです。まさに「文学フリマに行ったことのない人」でも読める『ガイド』じゃないといけない、と思うんです。東京で作ったガイドブックを、北海道でも読めるようになるべきだと。
秋山:文フリガイド自体は、大阪や金沢で新刊として出された本も対象としていますので、東京だけをターゲットとしているわけではありません。望月さんの、出店者数の推移についての予測は、私も同様の意見です。一時的に減って、それから増えていくと思います。
と言うのも、特に今のところ、東京は「売れる」んですよね、他の地域に比べて。私は名古屋在住ですので、文学フリマ東京の方が、文学フリマ大阪や文学フリマ金沢よりも、遠征費用が掛かるという意味において敷居の高いイベントですが、売れる本の冊数は比較になりません。同じように感じている方も多いかと思います。この考えが浸透すると、各地域の文学フリマの存在意義は売上的には揺らいでしまいますね。地元の文学フリマには出ずに、東京に遠征するような方が現れるとまずいと思います。
ですので、今後の文学フリマの課題は「この地域ならではの特徴を出していくこと」ではないでしょうか。
望月:それって、結局、まんが同人誌において「コミケが一強」っていうのと似た理屈ですよね。「コミケみたいなイベント」は各地にたくさんあるけれど、結局「コミケが一番売れる」からみんなコミケに出ようとするという側面もあるでしょう。だから、秋山さんのおっしゃる文フリ東京の立ち位置についても「なるほどな」っていうところはあります。
一方で、各地域でやる意味は何か、って言われると……正直、各地でその答えは違うような気がしていて、まだ僕たちも答えを探しているような段階です。でも、文学ってとても幅広くて、歴史も長い。どの地域に行っても「ご当地文学」みたいなものがある。「この地域といえばこの作家」みたいな人がいる。その地元に根付いている文学が必ずあるんじゃないかなと思っているんです。
大阪・福岡・札幌は「できるだろう」という規模の都市ですよね。金沢は初めて「政令指定都市ではない都市」で開催された文学フリマでしたが、北陸新幹線開業のタイミングを狙ったというのもあって「できる」という強い根拠がありました。だから、この先が地元に根付いている文学の力でどうなるかな、というところですね。
秋山:その意味では、盛岡開催はかなりチャレンジングな印象ですね。
望月:盛岡は、確かにチャレンジですね。盛岡の代表は盛岡在住の方なんですが、最初、代表さん自身が「仙台で」とおっしゃっていたんです。
秋山:仙台じゃなくて盛岡で開催、というのは、確かに英断だと思います(笑)
望月:で、僕が、開催地の話になったとき、小田原さん(文学フリマ盛岡代表)に言ったのは「先に盛岡でやれば、次に仙台でやることは可能。でも、先に仙台でやったら、もう盛岡でやる目はなくなる。だから、先に盛岡でやるべきだ」ということでしたね。
それに、僕がさっき言った「この地域といえばこの作家」っていう話だと、岩手には宮沢賢治と石川啄木という、ものすごい地元密着型の作家がいるじゃないですか。出身作家といっても、その人自身や作品が地元とぜんぜん絡まない作家もいる。でも、盛岡の場合は、そうじゃない。宮沢賢治なんて、もう、日本文学史上でも究極の地域密着型作家じゃないですか。岩手にはそういうアイコンがある。軸がある。だから盛岡でやりましょう、って言ったんです。
……言ったけど、でも、確かにね、チャレンジなんです。
たまたま、前のコミケで、岩手県花巻市で同人イベントをやっている方々が隣りになったので「ここだけの話、来年、東北でも文学フリマをやるんですよ」って言ったら「え! でも仙台ですよね?」って言われたんです(笑)で、「いや実は盛岡でやるつもりなんです」って言ったら「本当に……!?」って言われました(笑)。で、撤収するとき別れ際に、「本当に今度、東北でも文学フリマをやるんで、ぜひよろしくお願いします」って言ったら「本当に、盛岡、でやるんですか……?」ってもう一回、訊かれたんですよ(笑)。東北開催なら、どうせ仙台でしょっていう意識が、岩手の人たちにもあるんです。だからこそ、僕はより一層、盛岡で成功させようと決意を固めましたね。むしろ穴場なんじゃないかな、と思うんですよ。そりゃあ、仙台のほうが安全パイですよ。「置き」に行ったら、仙台です。
秋山:そうですね、仙台には安定感がありますね。でも、私は、やはり盛岡は英断だったと思います。何よりも応援したい気持ちが湧き上がります。金沢のときも同じように思いました。それに盛岡が成功すれば、他の地域の方も勇気づけられると思います。私は、仮に、万が一、盛岡での開催が失敗と見做されるような事態になったとしても、東北の第一回に盛岡を選んだのは、間違いのない英断だと思います。盛岡の開催が成功になるように、私自身、万難を排して参加したいですね。
望月:ありがとうございます。とはいえ、盛岡は会場費が高くはないので、意外にリスクは少ないというのは考えているんですが。
秋山:ああ、失礼、本の売上の観点から語っていました。動員人数が少なく、出店者が潤わなかった場合、次回の出店者が第二回目以降の参加に迷いを抱くと思います。
望月:そういう意味では、いかに「近くの人を集めるか」が重要ですよね。今回、第一回文学フリマ福岡は、6割くらいが地元からの出店なんですよ。遠征してくる人の方が少ない。継続性を考えたら、地元の人が多いっていうのは良い傾向だと思うんです。
盛岡は、遠征の方たちだけでなく、岩手県内や近県の人たちにたくさん来てほしいですね。
秋山:盛岡の方が、どこまで即売会に慣れているかですね。即売会に行ったことがなかったり、行き慣れていない方って、そもそも「即売会でお金を使うこと」に慣れていないと思います。たとえば、コミケに行く方って、もう完全に考え方が切り替わっていて、一日で十万も二十万も使ったりするじゃないですか。
望月:なるほど。そう、僕は、毎回文学フリマでは大量の小銭を用意していくんですけど、それは行き慣れていない人の助けにするためで、万が一のときにサービスとして使ってもらえるようにね。10周年記念文集も「1万円札OK」と言ってるんです。500円の文集を1万円札で買って、お金を細かくできるという仕組み。
秋山:ああ、それは良いアイディアですね。私も毎回、かなり小銭を用意して行っているので。
望月:そういうアピールはぜんぜん、アリだと思いますね(笑)。
だから、今後の百都市構想の展開にあたっても、ガイドブックは重要な存在になっていくと思います。
秋山:そうですね。「売る道具」にしてほしいですね。「ガイドに載ることによって同人誌が売れました」そして、そんなに売れるほど面白い作品が載っているガイドなら、そこに「自分のオススメ作品も載せてもらおう」と推薦してくれる。そういう流れができるといいと思っています。
今回(第二十一回)の東京開催でも、北九州や大阪の方から委託を受けているんです。その本を読んだ人たちが、今度は「じゃあ九州に、大阪に買いに行こう」と。読者がついていく、という流れも作れるかもしれない。
望月:そうやって、自然と循環していくといいですね。百都市構想は、いまちょっと勢いが速すぎる気がするんですよね。
秋山:私は商社に勤めているってこともあって「源泉が全て」という考え方が根っこにありますね。もちろん「お客様が大事だ」と口では言いますけれど、体力がなければ売り込むことさえできません。だから、ガイドをどんどん売って、もっと変わったところにお金を使えるようにしたいなと思っています。
たとえば、今回、ガイドブックに載った方に、小さいPOPを差し上げる予定です。「ガイドに載りましたよ」というPOPを。これがあれば、ガイドを知らない方にも「よく分からないけれど、いろんなところでこのイラストを見るし、面白いのかな」って、その本の販売促進に繋がるように思います。こういうちょっとしたところに、予算を使っていきたいと思います。
「同人誌を買う」体験の重要性
秋山:松本さん(文学フリマ事務局・ガイドブック担当者)から「ガイドがあることによって埋もれている本が出てしまうことへの考えは」っていう質問が来ていましたけれど……
望月:「文学フリマの出店者が増えすぎて、見て回りきれないから、多くの作品が埋もれてしまっているんじゃないか」っていう意見はあります。これは「昔の文フリは良かった」説の主な根拠ですよね。100ブース、200ブースくらいだった頃は、買う側も全ブースを回れたし、売る側も、じっくり本を見てもらえたというような実感が得られた。確かに、出店者が増えたことで失われた部分はある。でも、もう昔には戻れないわけです。いま600〜700と出ているブースを、恣意的に減らすことはできません。
そういうなかで、ガイドが一つの指標あるいは羅針盤になってくれるっていうのは、期待したいですね。
秋山:その指摘は、出店者数の増加に対して、買ってくれる方が増えていない、ということだと思います。ガイドブックの目標は文学フリマ全体の拡大、これは、一般来場者の増加も含んでいます。ですので、最終的には「どの本の売上も等しく上がる」ようになれば良いかと思います。
ただし、過渡期においては「ガイドに載ったから作品が売れた」という嬉しい言葉が「ガイドに載らなかったから、作品が売れなかった」という考えを生む可能性もあるでしょう。そこから「ガイドのせいで、作品が埋もれてしまった」という考え方に繋がることは否めません。
望月:それは統計のとりようもないので、証明のしようもないと思うんですね。
でも、「まず買わせる」っていうことも大事だと思うんですよね。今回、ガイドブックを先行販売するわけですが、そこでガイドを買った人たちでも「文学フリマで本を買うこと」に「慣れていない」人はいるはずです。パイのなかの、本当においしいクリームの部分にたどり着いてない、みたいな人たちが。
秋山:新たな「パイ」を狙うことは追求していきたいですね。文学フリマに参加していて、よく見かける構図に、2人ないし3人で来場していて、その内の1人は本を買うけれど、その連れの方は買わない、みたいなパターン。いわゆる、恋人や友達に連れられて来たけれど、なんとなく来ただけで買わないみたいな方。
こういった方は、少なくとも「会場には来てくれている」わけで、まったく文学フリマに関係のない、外部の方に比べると、ずっと訴求しやすい、すぐにでも買ってくれる可能性を秘めた潜在顧客だと考えています。
望月:そういう人たちに対して機能するものが、ガイドブックだと思います。一度、二度、と買えば、その次がどんどん続いていくはず。そういう感覚を広げていくのは大事だと思う。ゼロアカについてはいろんな批判もありましたが「ここ(文学フリマの会場)で、500円の同人誌を、買っていった」という体験をしてもらったことこそが大事だった、と僕は思っています。それも「まんがじゃない、文字だけの同人誌を、買う」っていう体験を多くの人に与えてくれた。その感覚を味わってもらうことが、次につながっていくと思うんです。
ガイドブックには、そういう「扉を開く」機能を担ってほしいです。「ガイドブックに載っている本」を買った人が、次に買うのは「ガイドに載っていない本」である可能性はかなり高いと思う。ガイドに載っている本を2冊くらい買ったら、今度は、自分で見つけた別の本を買うと思うんです。ガイドブックが「続いていること」を評価しているのは、そういう部分なわけです。続いているからこそ、こういう話までできる。
秋山:まだまだ文学フリマは大きな可能性を秘めていて、花開く余地をいくらでも残していると思います。ガイドブックによって、その内の少しでも多くの部分を刺激して、成果に結びつけることができればと思う限りです。今日は、ありがとうございました。
(収録日:2015/10/09 文責:文学フリマ事務局)
関連リンク
- 文フリガイド編集委員会通信 (http://bunfreeug.hatenablog.com/)
- 「文学フリマガイドブックのこと」(文学フリマ事務局通信) (http://d.hatena.ne.jp/jugoya/20140717)
注釈
『文学フリマ非公式ガイドブック 小説ガイド』
2012年に文学フリマ出店者の「佐藤」氏が立ち上げたガイドブック。
文学フリマ10周年記念文集で小説系の弱さが指摘されていることから、「アマチュアの作家が書いた小説に価値はあるのか」という問題意識により発足。編集・推薦はおもに小説を書いてきた人々が有志で進行、定期的に作成されるようになった。
2代目・高村暦氏の「そもそも『作品』に価値はあるのか」という問題意識からの作成を経て、3代目・想詩拓氏(第6号、第7号)への交代時、事務局との連携がスタート。
『文学フリマガイドブック』に名称が変更されて掲載可能な作品の範囲を拡張したが、編集・作成は事務局と完全独立し、宣伝面など限定的な部分で文学フリマ事務局の協力を得る、という形式で継続。
2015年夏より組織再編が行われ、秋山真琴氏が編集長に就任した。
なお現在、第1号〜第5号は絶版状態。
ゼロアカ(「東浩紀のゼロアカ道場」)
東浩紀氏と講談社が行った批評家選考&育成プログラム。
この第四回関門が、文学フリマを舞台とした企画で大きな話題を呼んだ。
詳しくはWebサイト(http://kodansha-box.jp/zeroaka.html) を参照。
文学フリマ10周年記念文集『これからの文学フリマの話をしよう』
2011年発行の、文学フリマの沿革を端的に示す1冊。
第一回文学フリマを立ち上げたもう一人の主催者・市川真人氏と代表・望月倫彦との対談、東浩紀氏による談話やゼロアカ道場参加者の座談会などを多数収録。
他の都市での開催、小説系の弱さについてなど多くのトピックへの言及がある。
2013年春の「第一回文学フリマ大阪(第十六回文学フリマin大阪)」開催や、2014年冬の「文学フリマ百都市構想」発表へと至る、大きなきっかけとなった。
増刷され、現在も各文学フリマの受付で販売されている。売価500円。
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