3分でわかる文学フリマの歴史 – 純文学論争から百都市構想まで

  1. 1998年〜1999年 大塚英志氏をはじめとする評論家の純文学に関する見解を、笙野頼子氏が各紙で批判、『ドン・キホーテの「論争」』(1999年, 講談社)として発表する。
    しかし、大塚英志氏は特にそれに対しての反論を行わない。(反論を行わなかった理由は2002年に「不良債権としての『文学』」の中で明かしている)
  2. 2002年 4月 笙野頼子氏が「群像」5月号誌上で「ドン・キホーテの侃侃諤諤」と題し、大塚英志氏出席の純文学に関する座談会(2002年「群像」誌3月号「言葉の現在」)の内容や東京新聞での大塚英志氏の記事などを批判する文章をふたたび発表。
  3. 2002年 5月 大塚英志氏が「群像」6月号誌上で笙野頼子氏への初めての直接の反論として「不良債権としての『文学』」を発表。
    同反論の後半で「文学が生き延びる4つの手段」のうちの最後の1つとして、第一回文学フリマ開催を呼びかける。
  4. 2002年 11月3日 第一回文学フリマ(東京) 青山ブックセンター内「カルチャーサロン青山」で開催。
    約1,000人の集客となる。「早稲田文学」の市川真人氏が大塚氏と共に立ち上げに携わった。
  5. 2003年1月 大塚英志氏が「群像」2月号誌上で「もうぼくは『文学』を引き受けることに躊躇しません」を発表。
    第一回文学フリマの様子を評し、実際に開催したことによって文学に必要なのは「場」なのだとの見解を示す。
  6. 2003年1月〜2月 大塚英志氏から有志からなる「文学フリマ事務局」に運営を移行。代表には唯一名乗り出た望月倫彦がその任を引き受ける。
    以後、大塚英志氏と市川真人氏はイベントの運営作業からは離れることとなる。(※2011年、両氏ともアフタートークイベントに出演する)
  7. 2003年〜2011年 文学フリマ(東京)、規模を拡大しつつ会場を3回拡大変更する。2008年には文学フリマ(東京)が年2回開催に移行する。
    この間「東浩紀のゼロアカ道場」や、片渕須直監督によるトークショー、早稲田文学による震災チャリティサイン会など併催イベントを積極的に開催。
    集客人数、出店者数ともに順調に増加していく。
  8. 2013年4月14日 第一回文学フリマ大阪開催。以後継続開催へ。
  9. 2014年12月23日 「文学フリマ百都市構想」発表。全国各地での開催相互支援を開始する。
  10. 2014年4月19日 第一回文学フリマ金沢開催。以後継続開催へ。
  11. 2014年10月25日 第一回文学フリマ福岡開催。以後継続開催へ。
  12. 2015年7月23日 第一回文学フリマ札幌開催。以後継続開催へ。
    記録上最高齢の出店者が初出店(初出店時・94歳)。
  13. 2015年9月4日 第一回文学フリマ岩手開催。以後継続開催へ。
  14. 2016年1月22日 第一回文学フリマ京都開催。以後継続開催へ。
  15. 2016年3月26日 第一回文学フリマ前橋開催。以後継続開催へ。
  16. 2017年1月 文学フリマ京都、会場を拡大する。
  17. 2018年9月 文学フリマ大阪が会場を拡大変更する。